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神戸地方裁判所 昭和33年(行)1号 判決 1959年10月30日

芦屋市大原町八一番地

原告

柴康雄

右訴訟代理人弁護士

野村清美

同市公光町

被告

芦屋税務署長

今西源太郎

右指定代理人

川口一三

畑中英男

大阪市東区杉山町一番地

被告

大阪国税局長

村山達雄

右指定代理人

山口修二

被告両名指定代理人

今井文雄

井上俊雄

平井武文

右当事者間の昭和三三年(行)第一号相続確定取消請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告芦屋税務署長が昭和三一年二月二七日原告に対し昭和二五年度相続税(確定)の課税価格金一、一九六、四〇〇円、税額金五、一〇一、四八〇円、無申告加算税額金一、二七五、二五〇円、重加算税額金二、五五〇、五〇〇円、合計納付税額金八、九二七、二三〇円とした相続税確定決定並に右決定につき原告より被告大阪国税局長に対してなした審査請求につき同被告が昭和三二年一〇月一六日なした審査請求棄却決定はいづれもこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求めその請求の原因として、

原告は昭和三一年二月二八日頃突然被告芦屋税務署長から前記相続税確定決定の通知書の交付を受けた。右書面によると原告は昭和二五年三月一七日ルナパーク演芸株式会社株式受贈に対する無申告が前記決定の理由となつているが原告は右日時に右株式の贈与を受けたことがないので同被告に対し昭和三一年三月一七日再調査請求をした。しかるに同被告は右請求に対し所定の期間内に決定をなさず右請求はそのまま被告大阪国税局長に対する審査請求に移行した。そして同被告は同三二年一〇月一六日右審査請求を棄却した。しかしながら原告は同二五年三月一七日又は同二五年中に株式の贈与を受けたことがなく本件は明らかに事実誤認に基く課税である。よつて前記各決定の取消を求めると陳述し被告等の主張に対し、被告は昭和三一年六月一九日原告が訴外柴清一郎に対し株券引渡請求訴訟を提起した事実を指して原告が同訴外人から株券の贈与を受けたと主張するが、右訴は二月二八日被告芦屋税務署長から相続税確定の通知を受けた原告が大いに驚き同二五年三月一七日前記訴外人から贈与の話のあつた株券の引渡を求め、受贈を実施しようとしたものである。論ずるまでもなく株券は有価証券でありこれを贈与することは「現物贈与」であり、財産である有価証券を受贈者に交付することによつて効力を生ずる。しかるに原告はルナパーク演芸株式会社の株式の現物(株券)の引渡を受けた事実がなく従つて右日時に株式の贈与を受けたことはないと述べ立証として甲第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、同第五乃至第七号証の各一、二を提出し証人名倉寿雄、平尾護の各証言並に原告本人尋問の結果を援用し乙第一五号証は不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べた。

被告等指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として被告芦屋税務署長が昭和三一年二月二七日付をもつて原告主張のような相続税の決定処分をなし同月二八日原告主張のような理由を記載した通知書を交付したこと、これに対し原告がその主張の日に同被告に対し再調査の請求をなし、右請求が審査請求に移行したこと、これに対し被告大阪国税局長が原告主張の日付をもつて棄却決定をなしたことはいずれも認める。原告は同二五年三月一七日に前記会社の株券の引渡を受けた事実がないから右の日時に右株式の贈与を受けた事実はないと主張するが、準物権契約としての株式の贈与とその原因行為たる贈与契約とを混同したものであり失当である。訴外柴清一郎と原告との間において右日時に同訴外人が前記会社の株式八、三〇〇株を原告に贈与する旨の契約が成立しているのであつて同日右株券の引渡がなされなかつたのは、まだ、株券が発行されていなかつたためである。

株券発行前になした株式の贈与は商法第二〇四条第二項により会社に対してその効力を生じないが、当事者間の債権契約としては有効であるから原告は右贈与契約によつて同訴外人に対し同会社に株券を発行せしめた上これを原告に引渡すことを請求することができる(現に原告は同訴外人に対し前記贈与契約を原因とし株券の引渡を求める訴を提起している。)し、また同会社はその成立後遅滞なく株券を発行することを要するにかかわらずこれを怠つているのであるから原告が株主であることを証明して請求すれば信義則上原告に対し株券を交付する義務がある。仮りに同会社において既に株券が発行済であるとすれば、右贈与契約において株券の交付が伴わなくても記名株式移転の物権的効力が生じないに止まり当事者間の債権契約としては有効で、原告において同訴外人に対し株券の引渡及びその裏書または譲渡証書の交付を請求する権利を取得しているのである。

相続税法においては贈与により取得した財産の全部に対し相続税を課するものと定められておりその課税物件は物権であると債権であるとまたはその他の財産権であると問わず、いやしくも贈与により取得された積極的価値のある財産権であれば足りるのである。従つて株式に関する贈与にあつても契約によつて株式そのものを移転する行為(いわゆる準物権契約)がなされた場合はもとより、その原因行為をなす贈与契約がなされ受贈者において株券の引渡を請求できる権利を取得した場合でも該請求権を相続税法上の財産と解すべきものである。原告は右贈与契約により株券の引渡請求権を取得しており、たとえ右契約の日に株券の引渡がなされていないとしても同日右請求権は権利として確定しているのであるからこれに対し相続税を課した本件処分は違法ではない、と陳述し、立証として乙第一号証の一、二、同第二乃至第一五号証を提出し、甲号証はいづれもその成立を認めると述べた。

理由

被告芦屋税務署長が原告に対し昭和三一年二月二七日付をもつて原告主張のような相続税の決定処分をなし同月二八日原告主張のような理由を記載した通知書を交付したこと、これに対し原告がその主張の日に同被告に対し再調査の請求をなし右請求が審査請求に移行したこと、これに対し被告大阪国税局長が原告主張の日付をもつてこれが棄却決定をなしたことはいづれも当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば昭和二五年三月七日に訴外柴清一郎と原告との間に同訴外人を贈与者とし、原告を受贈者としてルナパーク演芸株式会社の株式八、三〇〇株につき書面による贈与契約がなされていることを認めることができる。そして成立に争いのない乙第三号証、同第五、六号証に、乙第一五号証、並び証人平尾護の証言、証人名倉寿雄の証言の一部を綜合するとルナパーク演芸株式会社は亡柴清治郎が大正一四年二月二一日同人の個人企業を組織替して資本金五万円にて設立し、その後増資により資本金五〇万円となつたものであるところ、同会社の全株式は形式上は、同人及び原告等親族の名議となつていたが実質上同人の所有するところであつたので昭和一〇年一月四日同人死亡するや同人の長男柴清一郎においてこれを相続したが同人の弟である原告との間に右清治郎の遺産分配につき紛争が起きたが、昭和二五年三月一七日同人より原告に対して右遺産の約三分の一に当る大阪市北区曽根崎上三丁目三一番地宅地一三三坪三五、現金五〇万円及び右会社の株券八、三〇〇百株を贈与することとなつて右紛争は解決したが、右会社は当時株券の発行をしていなかつたが株券発行の準備として昭和二一年六月頃印刷した株券の用紙があつたのを右八、三〇〇株については日附を昭和二一年六月五日として千株券八枚、百株券三枚を新に作成し右清一郎より原告に裏書譲渡することとなつたが、税金等の関係もあり、原告の依頼により株券の裏書の日を何れも昭和二一年六月五日とし、右株券の内千株券の第一一乃至一四号は右清一郎より直接原告に、同一五、一六号は右清一郎より訴外上田純二に、同一七、一八号は訴外小林喜衛に又百株券四〇乃至四二号は訴外塚田吉資より原告に夫夫譲渡された如く裏書の記載をし昭和二五年七月頃原告方において原告の母柴田キヌ立会の上原告に引渡されたことが認められる。証人名倉寿雄の証言、原告の本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信するに足らずその他右認定を覆すに足る証拠がない。

もつとも乙一〇(仮処分決定)、一五号証(株主名簿)によるも、原告は右株式八三円株を直接前記清一郎より譲渡を受けたように記載さた又昭和三一年七月三日当時も原告が右株式全部を所有していたように見受けられるが前各証拠に成立に争いのない甲第四号証、第三、五号証の各一、二乙第一一号証を綜合すると、右会社右は八、三〇〇株の残余の部分については昭和二九年二月頃に至り、昭和二一年六月五日付をもつて株券を作成発行し、株主名簿も新に作成され、右八、三〇〇株については株券上の記載に拘らず事実に即し、昭和二五三月一七日右清一郎より原告に譲渡した旨記載した外小林喜兵衛、上田純二についても単に持株七〇〇株と記載されていること、然るに事実は原告は昭和三一年一月頃前記上田純二名義の千株券二枚を同人の委任状付にて訴外平尾護に又、右株券の内一一、一二号を訴外小松敏郎、小松淳治に、同一三、一四号を訴外概谷雅、概谷博に同一七、一八号を訴外三枝精甫に又四〇乃至四二号は訴外吉村洪一、寺門信一、藤増次郎に譲渡せられているに拘らず株主名簿にその旨記載されていないこと、殊に右株券の内一五、一六については右の如く訴外平尾護において現実譲渡を受けながら株主名簿に記載のないとの理由で右会社より名義書換えが拒否せられ、名義書換請求訴訟の結果ようやくその目的を達したことが認められるので、前記株主名簿の記載は未もたつて右認定を覆す資料となし得ない。

すると原告が前記の如き贈与がないことを前提として被告等のなした前記各決定の取消を求める原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 白井守夫 裁判官 大石忠生)

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